芳香の悦び
大切ななにかが欠けるということ。
その場所はなにをもってしても埋めることはできない。
同じものはひとつとしてない。
その苦しさに人は痛みを感じる。
痛みを遠ざけるため、別のものごとに思いを傾ける。
しかしその試みはなにもしていないことに等しく、
大切なものとなるまでには
重なる時間と数えきれぬ思いがあったことを知る。
人はやがて、代わりの形を求めることをやめる。
淡々と進む時間を受け入れることを選び、
やりきれない思いを知りながらその日を過ごす。
静けさに向かい合い、なにもしない強さを覚える。
なにもできないということの価値を知る。
時が進み、表れ来るものを待つ。
なにも起こらない時間。
時のくりかえしは何かをつくりあげ、
新たな気配となって空白にゆるゆるとおさまる。
それは静かに輝き始め、色づきだす。
人はまだそのことに気づかない。
育まれていく始まりの形。
かすかな気配を感じ、ゆれる風に耳を澄ます。
顔にかかる髪の肌がゆさが、温かい今日の日を告げる。
かぐわしい香りが花の咲いた悦びを知らせ、
太陽と葉の重なりがみずみずしい緑のきらめきを放つ。
いつもの空を見上げ、自分がここにいることを知る。
強まる香りは、かけがえのない空間のすきまを暖める。