Kaneda Mio


時のさかいめ

台風が来る前に家に辿り着こうと、
もう暗くなった東京の 無機質に輝くビルの合間を足早に進む。
ふだんなら、空を忘れるほど混み合って並ぶ長いビルに沿って、
風が愉快そうに 太い線を縦に描いてのぼる。
今日の違う光景に、歩きながら口角がゆるむ。

歩き続けると、急にひらけて大きな駅が見える。
中に入れば外の激しさに抗う必要もなくなる。
長距離バスを待つ人を遠目にみとめながら
車の流れを待って立ち止まる。
風に身を預ける。
傍らを 潮の匂いが通りすぎた。
いつもは、空を建物に映し出すだけの硬質に光るこの場所で、
気がつけば潮の匂いが次第に強くなる。
香りの記憶が混じり合い、場違いな気分で潮風を浴びる。
思えば 海はすぐそこにあった。

翌日は、力のしるしの残骸がそこここに溜まる。
風が蒐集したさまざまを眺め、
そこに何か普通でないものがあるように思えて気がかりになる。
まちがい探しをするように、自分の中で答えを合わせる。
ちぐはぐに思えるのは 青い落ち葉のせいだった。
この季節にはまだ枝先で揺れているはずなのが、
不意の力に逆らえず、居場所を変えて街路に重なっている。

アスファルトの乾いた色と冴え冴えとした緑が
悲しく、日射しに眩しく、
時間の終わりと始まりを予感させる。

同じような毎日を過ごして、
異なる「今」という時間を過ごす。
明日になったら諦めるかもしれない、
今、このときにやってしまおうか。
外の気配に呼び覚まされ、
ひとつ、深い呼吸をして動き始める。
今日の一日を思うにふさわしい時間には 
明日への兆しが告げられる。


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